G20大阪 伊丹空港VC-25エアフォースワン撮影 まさかのRWY 14R上がり

2019年6月28日~29日、G20大阪サミットが開催。各国の首脳陣が大阪へ降り立ちました。各国の政府専用機が関西国際空港に降り立つ中、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプを乗せた「エアフォースワン」は伊丹空港に飛来。2005年11月にブッシュ大統領が京都に訪れたとき以来です。

G20が大阪で開催ということで、エアフォースワンを初め各国の政府専用機は関空・神戸・伊丹のどこへ降りるのか注目されていました。警備がしやすい関空が本命でしたが、C-17がビーストやVH-3Dを伊丹に空輸してきたため、伊丹予想が確定的になりました。G20開幕前日の27日午後7時頃、VC-25が伊丹に飛来。横田に回送せず、ずっとこちらに駐機していました。

先月末に羽田空港に飛来して以来、1か月ぶりです。

トランプ大統領来日 羽田空港VC-25エアフォースワン撮影

2019.05.26

伊丹空港といえば千里川土手の夜景が有名ですが、G20期間中は堤防やスカイパークが立ち入り禁止に。羽田や関空と異なり陸上空港とはいえ、撮影できる場所は限られてきます。

千里川の反対側、RWY14アプローチエンドにある猪名川土手が、兵庫県警のご厚意からか撮影スペースとして開放されていました。あちこち分散させるよりは、ここに集めて警戒しようという魂胆でしょうか。

29日13時ごろ。福知山線の伊丹駅から歩いて、猪名川土手へ

数千人はいたのではないでしょうか。

警察官も大勢配備。10メートルおきに立って警備しています。

上空では例によってアメリカ空軍のUH-1と、警察ヘリが警戒

空港内を土手から覗きます。VC-25 29000の姿が見えました。

予備機 C-32A 90015。先月の羽田への飛来と同じ布陣。VC-25 28000はまだ整備中でしょうか。

C-32が手前にあり、VC-25がちょっと見えづらい位置に。

政府高官用に、エアフォースワン/エアフォースワン予備機のほか、C-32 90004と、C-40 10040も伊丹空港に。合計4機のアメリカ空軍VIP用機がエプロンに並んでいました。

自衛隊機はU-4が2機。#254

#255。明日6月30日には政府専用機が伊丹に飛来、羽田まで運行する予定。余談ですが政府専用機の首相国内ミッションは、コールサインがJapanese Air Force 001やCygnusではなく、「AKITSUA」になります。

昼過ぎは一部青空が見えていましたが、徐々に天気が崩れて、どんより。雨が降らないだけマシですが。写真もどんどんざらついてきます

時折強い風が吹ていましたが、この時点では通常通りRWY32R、RWY32Lの運用

RWY32R上がりの機体で練習。位置取りを確認します。

ベルトコンベアで荷物搬入

トランプの予定は午後16時50分まで帝国ホテル大阪で記者会見。17時10分にビーストで伊丹空港へ到着。17時20分に伊丹を離陸し、韓国の烏山空軍基地へ移動する予定でした。

イオンモール伊丹の立体駐車場にも、待機してる方が見えました。

16時半頃より、VIPフライトのため離着陸がストップします。伊丹空港到着機は和歌山や四国上空で何機もホールド。離陸機はプッシュバックを待たされます。トランプ到着までまだ大分時間があるので、乗客は大変だったでしょう。一部セントレアへダイバートしました。

滑走路を閉鎖し、車両がチェックに入ります。

予定の時刻17時10分になってもトランプは現れず。それどころかライブ配信を見るとまだ帝国ホテル大阪で記者会見しています。どんどん日が落ちてくるので「はよ来いや」という声も聞こえてきました。

警察のヘリが近づいてきました。なんとなく車列の場所がわかります。

予定より遅れること30分、17時40分にビーストが空港へやってきました。2台のうち後ろの車両に乗ってます。せっかく持ってきたマリーンワンことVH-3Dは、今回使用せず。

トランプ大統領とメラニア夫人がタラップに上る様子が、VC-25の股下から辛うじて見えました。

ここでエアフォースワンが伊丹グランドと交信。が、まさかのRWY14Rに。エアバンド組に衝撃が走ります。

すぐさまエアフォースワンがタキシングを開始しました。

直前までRWY32R/RWY32L運用だったのに、逆からの上がり。以前の横田でもそんなことがありました。他の機体を上空待機させている時間を極力短くするために近い14から上がったのか、テロを警戒してタキシング時間を短くしたのか。

機首をRWY14側に向けます

土手全体にどよめきが走りました

「ワンフォーかよ~!」「うそーー」「え~~~」「トランプのアホ!!!!」と悲鳴にも近い叫びがあちこちから聞こえてきました。のちに「14の悲劇」と語り継がれる出来事です。

悲壮感が漂うまま滑走路へ

人によっては他県から安からざる費用をかけて遠征。昼間から土手で待機し、上がりを撮影するために集まっていたこんなにも大勢の人が全滅しました。川の対岸やイオンの駐車場は、更に撮影が大変だったでしょう。エアボーン後のひねりを撮影するために昆陽池で待機していた方々は、そもそも機体を見ることすらできませんでした。

RWY14Rは土手のすぐ手前。600mmや800mmといった超望遠レンズで構えていた方は機体がはみ出すのか、すぐにレンズ交換に取り掛かっていました。

滑走路上で停止することなく、すぐに加速

韓国 Osan Air Base(烏山空軍基地)へ向けて飛び立って行きました。

予備機もすぐ後を追います。

副大統領が搭乗しているわけではないので、コールサインはエアフォースツーではなく「SAM45」

こちらもRWY14Rから離陸です

随伴のC-32が離陸した時点で、空港の閉鎖が解除。1時間半以上離着陸を止めていた民間機の運行を再開します。

残ったVIP機2機もプッシュバック

この2機は、他の民間機と同じくRWY32L/Rから上がるのかと思いましたが、こちらもRWY14Rから上がる許可が下りました。

C-32 SAM112

この機体もOsanへ

C-40 SAM169

こちも同じくOsanへ

この機体の上がりまで、土手にいた大勢の方は粘っていました。

この後民間機が上がり始めましたが、RWY32R、RWY32Lを使用。アメリカ軍機のみが14で上がり。どういう予想をしたのか千里川側にいた方々は大勝利となりました。

ビースト回収のための輸送機飛来、日本国政府専用機の飛来と、伊丹でのG20に関連した航空機運用はまだまだ続きます。